【諏訪大社四社巡り②】上社の「前宮」「本宮」でご参拝!

今日は、昨日のつづきで
諏訪大社めぐりをやっちゃうよ~!

今日行くのは、諏訪湖の南の方にある
「前宮」「本宮」っていう
ふたつのお宮なんやで

下社からは、かなり距離があるから
電車とバスを乗り継ぐか
車で移動するのがいいだろうな

それじゃ、さっそく出発やで~!

諏訪大社上社「前宮」に到着!

そこそこ時間がかかったけど、なんとか
上社の「前宮」にやって来たよ!

うーん、むにゃむにゃ……
なんとも大変な移動やったなぁ……

ミツキはバスの中で
ずっと眠っていただろうが!!

このお宮は、自然のままの木が多くて
「秋宮」「春宮」とは
ちょっとちがう雰囲気だね

神社というか、森の中に
社務所や鳥居が
立っているような感じやねぇ

この「前宮」は
諏訪明神が最初に降臨した地だと
言われていて、日本古来の自然信仰が
色濃く残っているんだよな~

そう言われてみると、たしかに
諏訪の自然と一体化した神社
って感じがするで!

長い歴史の中で
諏訪大社の主要な機能は
「本宮」の方へ移転していくことに
なるんだけど

その関係性から
前宮は「以前使われていた宮」
本宮は「現在使っている宮」
というのが名前の由来だとも言われているんだ

双子みたいだった
「秋宮」「春宮」とは
まったく違う関係なんやねぇ

参道を進んで「拝殿」を目指そう

階段を登ったり
坂道を登ったり
ここの参道は、意外と長いみたいだな……

例によって、体力のないセツナねえちゃんが
息切れしているけど……

山登りしているかのような
こういう参道も
昔ながらの神社っていう感じがするねぇ

歩いていたら、前宮の「御柱」を発見!

川のそばに、前宮の「御柱」が
立っているで~!

大事な柱が、ふつうの道に
ドカッと立てられているけど……

まあ、いちおうここも
境内ではあるからな

山道が境内になっている
前宮ならではの
景観なのかもしれんなぁ

それにしても、川の水が
バッチリ凍っていて
いかにも長野ってかんじやね……

なんだかんだ、東京よりも
かなり気温が低いよね~!

前宮の「拝殿」に到着!

山道を10分ほど登ってきたら
ようやく「拝殿」が見えてきたで~!

このあたりも
自然の木々がたくさんあって
山の中のお宮って感じだね~!

それじゃ、ここでは
自然の神様である
ミシャグジ様に対して
特に念入りに拝礼していこう!

諏訪の自然を守る
ミシャグジさま~!

これからも、木や山を大事にしていきます!
山登りやハイキングに
無事に行けるよう、よろしくお願いしますやで~!

というわけで、前宮の拝殿でも
無事に拝礼できちゃったよ!

残るお宮は
あとひとつやな!

このあと行く、最後の「本宮」は
広い境内に多くの施設が建てられていて
諏訪大社の中心とも言える場所なんだぞ

諏訪大社四社の特徴

・下社「秋宮」… 駅から一番近くて行きやすい、大きなしめ縄がある
・下社「春宮」… 秋宮とそっくりで双子のような境内、万治の石仏がある
・上社「前宮」… 自然と一体化したかのような、自然崇拝の色が濃い境内
・上社「本宮」… 他よりも広く豪華な造りで、諏訪大社の中心のような場所

今さらやけど
どうして下社と上社って
ふたつに分けられているんやろ?

現在はひとつになっている諏訪大社だけど
平安時代頃には
下社は「金刺氏」上社は「諏訪氏」という
ふたつの家系に分かれていたんだよな~

ありゃ、昔は別々だったんだね

それどころか、南北朝時代になると
それぞれ南朝側と北朝側に別れて
争い合う関係になってしまうんだ

ええー!
上社と下社って、戦っていたの!?

やがて、群雄割拠の
戦国時代に入ってからは
家同士の争いも、さらに
激化していったみたいだな~

そのあとは、どうなってしまうんや?

甲斐の「武田信虎」の諏訪侵攻に乗じた
諏訪家が、金刺家を滅亡させて
諏訪大社はひとつにまとまったんだけど

その後「武田信玄」の侵略によって
諏訪家も滅亡することになり
諏訪大社は、武田家の管轄に
入ることになったそうだ

こないだ見に行った、山梨の武田信玄じゃん!

そういえば、長野県って
武田家の勢力圏内やったねぇ……

ちなみに、武田信玄は
諏訪家当主の娘を側室に迎えて
とても寵愛していた上に
ふたりの間には「武田勝頼」が
産まれることになるんだよな

勝頼さんって、山梨と長野の
間に産まれた子供だったんやね

侵略者とはいえ、武田信玄は
諏訪大社をとても信仰していて
たびたび戦勝祈願にも訪れているから
長野県民の感情は
ちょっと複雑な事になっているみたいだ

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